子供


今日も今日とて、二人は城下へと来ていた。

「執務は終わったのか?」

出された茶を啜りながら遊士は目の前に座る政宗へと問い掛けた。

「Ya.もちろんだ。俺を誰だと思ってやがる」

それに、政宗もいれたての茶に口を付け返す。

「そっか。…じゃ遊べるな」

その返答に遊士はニヤリと笑った。

「そうだな。今日は何処に行く?」

政宗もゆるりと口の端を吊り上げ笑みを浮かべた。

遊士は楽しそうにコトリと手にしていた湯飲みを置くと、内緒話をするように身を乗り出す。

「今日は城下の外れにある廃寺に行こうぜ。聞いた話じゃコレが出るんだってよ」

手をダランと下げ、ジェスチャーで何が出るかを伝える。

「へぇ。そりゃ、見れるものなら是非見てみてぇな」

「だろ?だから行ってみようぜ」

善は急げと、遊士は横に置いてあった刀を手に椅子から立ち上がる。

政宗も刀をひと振り腰に挿して、席を立つ。

「おかみさん、お代はここに置いてくぜー」

遊士は忙しそうに店の中を行ったり来たりしているおかみさんにそう声をかけ、茶屋を出た。

「はい、ありがとうございました!またのお越しをー」

おかみさんの声を背に、町人風に変装した遊士と政宗は廃寺に向かって城下町の中を歩き出した。







城下の外れともなると人は居らず、シンと静まり返っていた。

「あれか?」

「そうみたい。でも廃寺って割には綺麗だな」

政宗の指す先にある、廃寺と呼ぶには些か綺麗すぎる寺に遊士は首を傾げた。

段数の少ない石段を上り、とりあえず中へ入って見ようと寺社の扉に手をかけた。

途端、ザッと、何処に居たのか二十人余りの男達に囲まれた。

「やっぱり幽霊なんていねぇんだな」

「そういうもんだ。大方、こいつ等が流したデマか仕掛けだ」

少しばかりつまらなそうに口を尖らせた遊士に政宗は肩を竦めた。

「こりゃ、上玉が引っ掛かったな」

「頭ぁ、コイツ等結構上等な着物着てますよ!売れば高くなるかも」

「大人しくしてりゃ、命はとらねぇでやるよ!」

げらげらと下品に笑う彼らに政宗は眉を寄せた。

「俺の領内にこんな奴等がいたとはな…」

「でも政宗の顔を知らないって事は奥州の人間じゃないだろ」

彼等の要求に始めから応えるつもりの無い二人はスラリと鞘から刀を抜く。

「なんだぁ、俺達と殺ろうってか?」

「はははははっ、無理無理。止めとけよ。この人数が目に入らねぇのかよ」

二人だけで、と侮っているのか彼らは馬鹿にしたように笑う。

「遊士、半分お前に任せる」

無条件で寄せられる政宗の信頼が遊士の心を喜ばせる。

「おぅ、任せとけ」

遊士は前を見据え、刀の柄をぎゅっと握り、足を踏み出した。

「うわぁぁー!」

「何だコイツ等!?つぇえー」

「ぐはぁ!!」

刀を返して峰で打つ。

廃寺とはいえここは歴としたお寺。神聖な場所だ。なるべく血を流さないよう気を配る。

「てめぇが頭だな」

政宗の声にそちらに視線を向ければ、頭と思われる男が政宗に地面へと押さえ付けられ、刀の刃先を突き付けられていた。

「すっ、すすすいやせん!ほんの出来心で…!」

遊士は倒した男達の中から適当に一人見繕って、そいつの襟首を引っ張って政宗の側へ立つ。

「ha、ほんの出来心で命をとられたとあっちゃぁ笑い話にもならねぇんだよ」

「そう言うこと。観念して斬られろ」

スッと男の首に添えられた刃が、浅く肌の上を滑る。

「ままっ、待ってくれ!話せば分かる!な?俺だってやりたくてやってるわけじゃ…」

青ざめた男は刀から目が離せない程、震えて叫ぶ。

「さっさとやっちまえば?オレは見苦しい男は嫌いなんだ」

「へぇ、そりゃ初耳だ」

首に添えられた刀が振り上げられる。

「だって伊達軍にはそんな奴一人もいねぇから言う必要も無かったし」

そして、刀は振り下ろされた。

「ぎゃぁあ――!!」

と、男は叫んで倒れたが刀は何処も斬ってはいなかった。
遊士は引き摺っている男を見下ろし、目が合うとニヤリと口端を吊り上げた。

「…この男みたいになりたくなけりゃ此処から出て行くことだ」

男はヒッと悲鳴じみた情けない声を上げ、必死にこくこくと首を立てに振った。

手を離せば、倒れていた男達と、気絶した頭を担ぎ風のように廃寺から姿を消した。

刀を鞘に納め、遊士は拝殿の階段に腰を下ろす。

「何か呆気なかったな。手応えのねぇ奴ら」

その隣に政宗も座った。

「そう言うな、これで済んで良かったんだ。もっと凶悪な賊だったら城下の奴等が危ねぇ」

ポンと頭に手を乗せられ、優しく髪をクシャリと撫でられる。

その言葉に遊士はハッと口元を手で覆い、隣に座った政宗を見上げた。

「…悪い、不謹慎な事言った」

ソッと瞼を伏せて遊士は自分の発言を省みた。

政宗はその様子にふっと口元を緩め、語りかけるように言葉を紡いだ。

「遊士、俺達がこうして過ごせるのは民のお陰だ」

当たり前のように口にしている食事や着ている衣服、それらは民が作り上げた物だ。戦に出るための武具も同じ。

「上に立つならそれを忘れちゃいけねぇ」

分かるな、と視線を向けられて遊士はコクリ、と首を縦に振った。

どうもこっちへ来てから、オレは気が緩んでいるようだ。

遊士は口元を引き締め、心の中で自分を叱咤する。

しっかりしろオレ!

難しい顔をした遊士を、政宗は瞳を細め見つめていたが、やがてその視線をふっと和らげると口元に笑みを刻んだ。

「まっ、お前なら言わなくても大丈夫だろうがな」

「…そんなことない。オレなんてまだまだで、政宗に追い付けてすらいねぇ」

追い付くばかりか、離されてる。今だって政宗に教えられてばかりで…。

唇を尖らせ、悔しそうに言う遊士は政宗から見たらまだ子供で。

「いいんじゃねぇか?ゆっくりで。ここにいる間は俺が奥州筆頭だ。お前は何の肩書きも持たないただの遊士で、子供だ。やんちゃな姫様は甘やかされてろ」

頭に置かれていた政宗の手が、グシャグシャと遊士の髪を掻き混ぜた。

「〜っ、ガキ扱いするな!」

そう叫んだ遊士の顔は赤く、けれど文句を言うその口元はどこか嬉しそうに緩んでいる。

頭に乗せられた手を払う素振りすらなかった。

…初めてだった。オレを甘やかす人なんて向こうにはいなかったから。

遊士はくすぐったいような気持ちを持て余し立ち上がる。

「…帰る」

「そうだな。そろそろ帰るか」

だから、平然と頷き、立ち上がった政宗に遊士はなんだか面白くなくて我が儘を言ってやった。

「帰り道にある茶屋で団子奢ってもらうからな」

耳を赤く染めたまま、前を歩き出した遊士の可愛い抵抗に政宗は声に出さず笑った。

「あぁ、土産にでも買って帰るか」

二人は上ってきた石段をゆっくりと下りて行った。





end.


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